2018.05.30
コラム
プログラムデザインとは何か?(1)
プログラムデザインとは何か?
◆はじめに
ストレングス&コンディショニング・トレーニングの領域は、生理学、解剖学、バイオメカニクスをはじめ多くのエクササイズ・サイエンスに関する知識と、レジスタンストレーニング、プライオメトリクスなどさまざまなエクササイズ・テクニックについての実践的知識、スポーツ障害にかんする医学的知識、選手理解のための心理学、そして栄養学、さらには選手や施設の管理といったマネージメントの領域にいたるまで、きわめて広範囲にわたる正確な知識と技能が必要とされる。ストレングス&コンディショニングの専門家としての現場経験も必要である。したがって当然、このコラムを読んだからといって、すぐに全てのスポーツ種目におけるさまざまな選手のための適切なトレーニング・プログラムが組めるようになるわけでは決してない。明日からすぐに使える目新しいトレーニング・バリエーションが増えるわけでもない。
しかし、基本的テーマであるトレーニング・プログラムとは何か、プログラムを組むという作業はどのようなプロセスで行われるのか、プログラムを構成する要素とそれらの関連はどのようなものか、効果的なプログラムの作成法、提示法そして管理法は、短期的プログラムと長期的プログラムの関係は、といったプログラム・デザイン固有の問題についての知識が、これらの広範囲な知識を駆使して少しでも効果的なプログラムを組むために不可欠であることは確かである。
ややもすると生理学やバイオメカニクスの理論的説明に終始しがちなストレングス&コンディショニング・トレーニングやそのプログラム・デザインにかんする解説を、プログラムを「設計する」という実践的な作業過程そのものに焦点をあてて解説していきたいと考えている。したがって、読者が基本的な生理学、機能解剖学、バイオメカニクス、エクササイズ・テクニックの知識はすでにある程度持っているという前提で話をすすめたい。
◆プログラムとは?
「トレーニングのメニューを組んでください」「今日のメニューはきついですか?」「理屈はもういいから具体的なメニューが知りたいんです」学生たちからよく聞くこの「メニュー」という言葉は、正確に言うと「プログラム」とは異なる。
マスコミやスポーツ新聞でいうスポーツ・トレーニングのメニューとは、その日の練習全般であったり、特別なエクササイズ種目をさすことが多い。元来、メニューとは要するに料理の献立である。その店で出している料理の一覧表である。この中からどれを食べるかはお客の好みとその日の気分と財布しだいである。コースメニューといってあらかじめ決まった料理が順番に出てくるものもあるが、いやなものは食べなくてもいいし、残してもいい。取っておいてあとで食べることもできる。本日のおすすめメニューといって、その日しか食べられない料理もあるが、自分の好物だけを注文しても誰も文句はいわないだろう。売れ筋メニューだからといって身体にいいとは限らない。
これに対してプログラムとは、時間的経過つまり論理的な前後関係にしたがって、開始から終了までの各要素が全体として意味を持つように配列されたものをさす場合が多い。演算や処理を行う目的で作成されるコンピューターのプログラムは、目的と個々の命令の関係が適切であり、各命令の論理的な時間系列が明確でなければならない。コンサートのプログラムもさまざまな歌や音楽やトークがそれなりの論理的関係で時系列に配列されている。テレビのプログラムも一日の時間的流れに従ってニュースやドラマを配列している。このように、一般にプログラムという場合には、ある要素を欠落させたり、前後関係が狂うと全体としての目的が達成されなかったり、効果が半減してしまう可能性が大きい。だからというわけではないが、誰もコンピューター・メニューとかコンサート・メニューとは言わない。
したがって、一定期間指導する選手やチームのストレングス&コンディショニング・トレーニングに明確な目的が存在し、実施するエクササイズ種目の順序に論理的な前後関係があり、反復回数や持続時間や使用する重量等々の設定の仕方に一定の論理的な段階があり、それらが全体として機能してはじめて目的が達成される場合、われわれはそのトレーニング計画をプログラムと呼ぶのである。もちろん同一種目を同じ方法で継続するという計画であっても、そこに意図的な論理性があれば立派なプログラムであるといえる。
逆にもしその場限りの思いつき(よく言えばひらめき)で、とりあえずやってみる式のトレーニングならば、メニューでいいだろう。そうなると、栄養学的・味覚的に緻密に計算された選手のための食事献立に対しては、軽々しく晩飯のメニューは?などと言ってはならず、夕食のプログラムは何でしょうか?と尋ねなければならなくなるかもしれない。
◆目的設定のS・M・A・R・Tシステム
このようにプログラムという場合には、目的の存在、目的と各要素との関係、各要素の論理的な前後関係が不可欠であることは確認していただけたと思う。漠然とした目的でトレーニング計画が不明確なまま、自分の知っている範囲のエクササイズ種目を時々の気分やコンディションにだけ頼って継続していると、一見自然流のいいトレーニングになっていると錯覚することがある。しかし、その選手にとって最も先に克服すべき重要な要素のトレーニングを欠落させていたり、生理学的にみて両立しがたい課題に同時に取り組んでしまっていたり、効率の悪い順序になっていたり、といった事に気づかず効果が半減したり重要な時期に手遅れとなることもある。
だからこそメニューではなくプログラムが必要となる。プログラムに含める要素やその時間的配列の検討基準となるのは目的である。例えば漠然と筋力の向上と言っても、筋力発揮の「部位(筋群)」「筋活動タイプ(コンセントリック、エクセントリック、アイソメトリック)」「姿勢(関節角度とROM)クササイズ種目も論理的関係としての負荷強度も明確とならない。そこでいかに明確な目的を設定するかがまず最初に検討すべき課題となる。
目的設定には「SMARTシステム」という方法がよく利用されている。これは「Specific(特異的)」、「Measureable(測定可能)」、「Action-oriented(行動志向的)」、「Realistic(現実的)」、「Timed (時期的)」の頭文字を取ったもので、要するに、できるだけ具体的で、努力すれば実現の可能性があり、しかもその成果が明確に目に見えたり実感できる測定可能な目標を、それを達成するために取り組むべき行動をイメージして、それを何時までに達成するのかのタイムリミットを明確にした上で設定すべし、という目的設定のための指針である。
これをストレングス&コンディショニング・トレーニングの目的設定に即して具体化すれば、例えば「秋のシーズンに向けて筋力やスピードをアップさせよう」ではなく、「スクワット140kgを+15kg、垂直跳び60cmを+5cm、10ydダッシュ1.9秒を-0.1秒、40ydダッシュ5.1秒を-0.3秒、プロ・アジリティーテスト4.8秒を-0.2秒、これら全てを週3回のウエイトルームでのトレーニングと週2回のスピード&アジリティー・トレーニングによって今後10週間で夏合宿までに達成する」というように目的設定することになる。
こうしたSMARTな目的設定をすることによって、その後のプログラムの方向性も鮮明となる。逆にいうと目的が曖昧な限り、どのエクササイズを選択するべきか、強度やセット数は、それを何時までつづけるのかといった基本的なことさえも定まらない。これではメニューとは言えてもプログラムとは言えない。
このSMARTな目的設定という作業自体が実はきわめて難しい。目的設定の前にプログラム・デザインの最初の難関である「ニーズ分析」という大仕事が待ち構えているからである。
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◆はじめに
ストレングス&コンディショニング・トレーニングの領域は、生理学、解剖学、バイオメカニクスをはじめ多くのエクササイズ・サイエンスに関する知識と、レジスタンストレーニング、プライオメトリクスなどさまざまなエクササイズ・テクニックについての実践的知識、スポーツ障害にかんする医学的知識、選手理解のための心理学、そして栄養学、さらには選手や施設の管理といったマネージメントの領域にいたるまで、きわめて広範囲にわたる正確な知識と技能が必要とされる。ストレングス&コンディショニングの専門家としての現場経験も必要である。したがって当然、このコラムを読んだからといって、すぐに全てのスポーツ種目におけるさまざまな選手のための適切なトレーニング・プログラムが組めるようになるわけでは決してない。明日からすぐに使える目新しいトレーニング・バリエーションが増えるわけでもない。
しかし、基本的テーマであるトレーニング・プログラムとは何か、プログラムを組むという作業はどのようなプロセスで行われるのか、プログラムを構成する要素とそれらの関連はどのようなものか、効果的なプログラムの作成法、提示法そして管理法は、短期的プログラムと長期的プログラムの関係は、といったプログラム・デザイン固有の問題についての知識が、これらの広範囲な知識を駆使して少しでも効果的なプログラムを組むために不可欠であることは確かである。
ややもすると生理学やバイオメカニクスの理論的説明に終始しがちなストレングス&コンディショニング・トレーニングやそのプログラム・デザインにかんする解説を、プログラムを「設計する」という実践的な作業過程そのものに焦点をあてて解説していきたいと考えている。したがって、読者が基本的な生理学、機能解剖学、バイオメカニクス、エクササイズ・テクニックの知識はすでにある程度持っているという前提で話をすすめたい。
◆プログラムとは?
「トレーニングのメニューを組んでください」「今日のメニューはきついですか?」「理屈はもういいから具体的なメニューが知りたいんです」学生たちからよく聞くこの「メニュー」という言葉は、正確に言うと「プログラム」とは異なる。
マスコミやスポーツ新聞でいうスポーツ・トレーニングのメニューとは、その日の練習全般であったり、特別なエクササイズ種目をさすことが多い。元来、メニューとは要するに料理の献立である。その店で出している料理の一覧表である。この中からどれを食べるかはお客の好みとその日の気分と財布しだいである。コースメニューといってあらかじめ決まった料理が順番に出てくるものもあるが、いやなものは食べなくてもいいし、残してもいい。取っておいてあとで食べることもできる。本日のおすすめメニューといって、その日しか食べられない料理もあるが、自分の好物だけを注文しても誰も文句はいわないだろう。売れ筋メニューだからといって身体にいいとは限らない。
これに対してプログラムとは、時間的経過つまり論理的な前後関係にしたがって、開始から終了までの各要素が全体として意味を持つように配列されたものをさす場合が多い。演算や処理を行う目的で作成されるコンピューターのプログラムは、目的と個々の命令の関係が適切であり、各命令の論理的な時間系列が明確でなければならない。コンサートのプログラムもさまざまな歌や音楽やトークがそれなりの論理的関係で時系列に配列されている。テレビのプログラムも一日の時間的流れに従ってニュースやドラマを配列している。このように、一般にプログラムという場合には、ある要素を欠落させたり、前後関係が狂うと全体としての目的が達成されなかったり、効果が半減してしまう可能性が大きい。だからというわけではないが、誰もコンピューター・メニューとかコンサート・メニューとは言わない。
したがって、一定期間指導する選手やチームのストレングス&コンディショニング・トレーニングに明確な目的が存在し、実施するエクササイズ種目の順序に論理的な前後関係があり、反復回数や持続時間や使用する重量等々の設定の仕方に一定の論理的な段階があり、それらが全体として機能してはじめて目的が達成される場合、われわれはそのトレーニング計画をプログラムと呼ぶのである。もちろん同一種目を同じ方法で継続するという計画であっても、そこに意図的な論理性があれば立派なプログラムであるといえる。
逆にもしその場限りの思いつき(よく言えばひらめき)で、とりあえずやってみる式のトレーニングならば、メニューでいいだろう。そうなると、栄養学的・味覚的に緻密に計算された選手のための食事献立に対しては、軽々しく晩飯のメニューは?などと言ってはならず、夕食のプログラムは何でしょうか?と尋ねなければならなくなるかもしれない。
◆目的設定のS・M・A・R・Tシステム
このようにプログラムという場合には、目的の存在、目的と各要素との関係、各要素の論理的な前後関係が不可欠であることは確認していただけたと思う。漠然とした目的でトレーニング計画が不明確なまま、自分の知っている範囲のエクササイズ種目を時々の気分やコンディションにだけ頼って継続していると、一見自然流のいいトレーニングになっていると錯覚することがある。しかし、その選手にとって最も先に克服すべき重要な要素のトレーニングを欠落させていたり、生理学的にみて両立しがたい課題に同時に取り組んでしまっていたり、効率の悪い順序になっていたり、といった事に気づかず効果が半減したり重要な時期に手遅れとなることもある。
だからこそメニューではなくプログラムが必要となる。プログラムに含める要素やその時間的配列の検討基準となるのは目的である。例えば漠然と筋力の向上と言っても、筋力発揮の「部位(筋群)」「筋活動タイプ(コンセントリック、エクセントリック、アイソメトリック)」「姿勢(関節角度とROM)クササイズ種目も論理的関係としての負荷強度も明確とならない。そこでいかに明確な目的を設定するかがまず最初に検討すべき課題となる。
目的設定には「SMARTシステム」という方法がよく利用されている。これは「Specific(特異的)」、「Measureable(測定可能)」、「Action-oriented(行動志向的)」、「Realistic(現実的)」、「Timed (時期的)」の頭文字を取ったもので、要するに、できるだけ具体的で、努力すれば実現の可能性があり、しかもその成果が明確に目に見えたり実感できる測定可能な目標を、それを達成するために取り組むべき行動をイメージして、それを何時までに達成するのかのタイムリミットを明確にした上で設定すべし、という目的設定のための指針である。
これをストレングス&コンディショニング・トレーニングの目的設定に即して具体化すれば、例えば「秋のシーズンに向けて筋力やスピードをアップさせよう」ではなく、「スクワット140kgを+15kg、垂直跳び60cmを+5cm、10ydダッシュ1.9秒を-0.1秒、40ydダッシュ5.1秒を-0.3秒、プロ・アジリティーテスト4.8秒を-0.2秒、これら全てを週3回のウエイトルームでのトレーニングと週2回のスピード&アジリティー・トレーニングによって今後10週間で夏合宿までに達成する」というように目的設定することになる。
こうしたSMARTな目的設定をすることによって、その後のプログラムの方向性も鮮明となる。逆にいうと目的が曖昧な限り、どのエクササイズを選択するべきか、強度やセット数は、それを何時までつづけるのかといった基本的なことさえも定まらない。これではメニューとは言えてもプログラムとは言えない。
このSMARTな目的設定という作業自体が実はきわめて難しい。目的設定の前にプログラム・デザインの最初の難関である「ニーズ分析」という大仕事が待ち構えているからである。