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2018.05.30コラム
ニーズ分析(1)

ニーズ分析(1)

トレーニングのニーズ分析(1)

◆スポーツ活動の特性分析
 スポーツ選手のトレーニング・プログラム作成ためのニーズ分析は、(1)指導対象となるスポーツ活動特性の明確化と、(2)指導する選手の個人的特性の明確化に大別される。そして前者は(1)バイオメカニクス的特性の分析、(2)生理学的特性の分析、そして(3)スポーツ医学的特性の分析からなる。今回はバイオメカクス的特性の分析対象とその簡単な方法について解説しよう。

◆関節運動と筋群の特定

 人間の身体運動にはすべての関節と筋群が関与する、と言ってしまえばそれまでだが、対象とするスポーツ活動のパフォーマンスを規定する主要な関節運動とそれに関与する筋群をあらかじめ特定することは、特異性のあるトレーニング・プログラムを構成するためには絶対に必要である。脚が中心とか、横への動きが多いとか、捻りが含まれるといったアバウトな印象分析だけでは適切なプログラムの作成はできない。たとえ最終的に提示する種目が他の種目の選手と同じ、あるいはこれまでと同じスクワットならスクワットになったとしても、十分な分析を行った結果、コーチが確証を持って選んだ種目とそうでない種目とでは実際の指導段階での説得力や動作バリエーションの設定やその許容範囲などに大きな違いとなって現れる。 

 最終的に提示するプログラムには、フリーウエイトや特定のマシーンによる数種類のエクササイズ種目が具体的に提示されなければならない。それらのエクササイズはケガの防止や特定の筋群への刺激の集中などの観点から一般的なエクササイズ・テクニックのガイドラインが示されている。しかし、先の例で行くと、スクワットでどれくらい脚を開くか、どこまで下げるのか、膝の位置や上体の角度はどうするか、バーを乗せる位置は・・・といった問題にぶつかったり、何らかの理由でスクワットをマシーンで行わなければならなくなったり、レッグプレスに替えるという事が生じた時、どういった足の位置や姿勢でそれを行うかという問題に直面することがある。その場合にアバウトな印象分析だけでは妥当な答えを見出す事は不可能である。 同じ股関節と膝の屈曲・伸展を反復する運動であるランニングとサイクリングであっても、大腿直筋の最大筋力がランナーでは筋がより長く伸張された時に、サイクリストはより短い時に発揮されるという報告がある。その理由は種目特性による動作中の関節角度と可動範囲が異なるからであるとされている。筋を構成する全ての筋線維が腱の端から端までつながっているわけではない。筋長全体の何分の1かづつの長さで隣り合ったり重なり合ったりして全体の筋を構成している。したがって、ある部分の筋線維の活動時に他の筋線維は受動的に張力を発揮していることになる。このことはトレーニング動作の姿勢や関節角度の持つ重要性を示している。したがって特異性を考慮する限り、できるだけ正確な関節運動の分析と筋群の特定化を行ったほうが良いのである。

● 筋力発揮のスピードと時間

 筋力は筋肉が活動するスピードによって異なる。高速条件では大きな力が出にくく、低速やアイソメトリック条件ではより大きな力が出る。同じ投擲競技でも7kgもある砲丸の投射時と1kgに満たないヤリの投射時とでは筋力発揮のスピードが異なる。高重量を用いて低速で行うトレーニングが、高速で発揮される筋力の向上や動作速度の向上にどのようなトレーニング効果を及ぼすかについては議論の分かれるところではあるが、スピードを完全に度外視して重量だけを追求してもそれだけでは、軽量の抵抗に対して高速で行われるスポーツ動作の改善には不十分である事はほぼ確実である。したがってどの程度のスピードで関節が運動しているかは知っておく必要がある。 

 また、関節運動のスピードとは別にその動作において力を加える事が許されている時間の長さについても検討する必要がある。最大筋力の発揮までには通常速くても0.5秒程度から場合によっては数秒かかる。しかし、スプリントの接地時間やダッシュ時の方向転換、ジャンプの踏み切りなどはわずか0.1秒~0.2秒で終わってしまう。したがって、いかに短時間に爆発的に大きな力を発揮できるかという力の立ち上がり速度(RFD)が重要となる。主要な動作において筋力発揮に与えられている時間の長さも見極めておく必要があるのだ。

●筋活動のタイプと方向 

 一見関節の動きが止まっているように見えても関節を固定するために周辺の筋がアイソメトリックに活動している可能性がある。また関節角度が減少している過程で必ずしもその関節角度を減少する運動の主動筋が収縮しているとは限らない。拮抗筋によるエクセントリック活動がメインとなっている事もある。例えばトライアルバイクのスタンディング姿勢では僅かに膝を屈曲した姿勢での膝伸展筋群のアイソメトリック活動が中心であり、スキーで膝の関節角度が小さくなっているからといって屈曲筋群が活動しているとは限らない。ターン時にはむしろ伸展筋群のエクセントリック活動が中心である。 

 ジャンプの着地やスローイング後のフォロースルー等に見られるように、重力や慣性に逆らってそれまでの方向への運動が減速している場合には必ず反対側の筋のエクセントリック活動が存在すると見てよい。また重心から垂直に降ろした線が基底面から外れそうな姿勢つまり倒れそうで倒れない姿勢では、バランスを維持するための体幹部や姿勢を復元するために逆向きの関節運動を起こすための筋群が関与している事が多い。 スポーツ動作ではエクセントリック活動に引き続いて素早いコンセントリック活動が生じるようなストレッチ-ショートニング・サイクル(SSC)が働いている場合がきわめて多い。関節の屈曲・伸展、外転・内転、水平伸展・屈曲等々が短時間の素早い切り替えしによって連続的に生じている場合にはこのSSCが働いていると見なす事ができる。 こうしたさまざまな方向への異なるタイプの運動が高速かつ短時間に一瞬のうちに生じているのであるから、たとえその競技を経験していたとしても正確な判断は難しい。

● 誰でもできる動作分析の方法 

 では高額の動作分析装置を使用せずにどのようにしてバイオメカニクス的な動作分析を行うか? 目で見ただけでスプリンターの接地特性が100分の1秒の精度でわかるというコーチもおられるが、普通はビデオに頼ることになる。高速動作の場合、コマ送りで再生した時に動作がきちっと止まるようにシャッター速度1000分の1秒は用意したい。1秒間に何コマ撮影可能かを意味するフレーム数は高速度カメラでなくても家庭用のビデオでほぼ用は足りる。フレーム数30で0.033秒、60で0.0167秒の精度で分析できることになる。 関節運動の種類とその角度や可動範囲に関してはスローモーションとコマ送りで止めたり、進めたり、戻したりしながら見当をつけ記述する。この時、各関節を個別に見るだけでなく、隣接する関節の角度や身体全体の姿勢に注意する。これをもとにして機能解剖学の教科書から主動筋、拮抗筋、安定筋(固定筋)の見当をつけ、さらにコンセントリック、アイソメトリック、エクセントリック、SSCといった活動タイプについても検討する。 

 次にそれぞれの関節運動の角度や可動範囲(ROM)を分析する。大雑把なROMは画像を目で見ればわかるが、後の角速度の分析のために少し手間をかけよう。OHPシートのような透明のシートをディスプレイ上に置いて水平と垂直が決まるように何か動かない壁や地面のラインをなぞり、セロテープで固定する。油性ペンで関節中心に注意しながら1コマづつ対象とする関節運動(膝なら、大腿部と下腿部の動き)を定規を使って正確になぞる。身体全体が移動している場合は関節中心を追いかけるようにしてOHPシートをずらしていく。 

 こうしてできた線を分度器で測れば角度がわかる。角速度は、ROM角度をそれに要した時間つまり1コマの時間×コマ数で割ればよい。例えばコマ数30で分析したとしよう。ROMが80度でそれに要したコマ数が6コマであれば、80度÷0.033秒×6コマ=404度/秒ということになる。 直線の移動速度を知るためには、撮影した画像の中にあらかじめ距離のわかっているものが動作のすぐそばに映っているか、意図的に動作の前か後に撮影すればよい。実際は1メートルの長さのパイプがディスプレイ上で5cmに映っているなら、5cm÷100cmで0.05倍となっている事になり、ディスプレイ上の選手の腰の移動距離が12cmであれば、12cm÷0.05=2m40cmということがわかる(ただし奥行きに関してはこの方法は使えない)。これを時間で割れば速度が出る。そして速度の変化を時間で割れば加速度が出る。

 関節運動では、角度が1コマごとに広がっていればその運動は加速しており、主動筋の活動が顕著である事を示す。小さくなっていれば減速していることになる。拮抗筋や固定筋の活動あるいは動作方向が切り替わった後に主動筋となる筋のエクセントリック活動の可能性を考えることができる。  

 こうした分析ではわからない目に見えない小さな部分、例えばブレーキングのための握力とか、足の関節の微妙な運動などは、選手の「腕がパンパンになる」とか「下腿部前面がだるい」といった声で見当をつけていくしかない。            

※ 以上のようにして、主要な「関節運動の種類」、「筋群」、「スピードと時間」、そして「筋活動タイプと方向」を明確にする。それにより特異性という観点から見た場合に最も強調すべきエクササイズとその方法についての基本的な方針が明確となる。このことは生理学的分析やスポーツ医学的分析や個人特性の分析にも生かされる。ただし、ここからすぐにエクササイズ種目の決定とはならない。なぜなら全面性の問題や漸進性などを考慮する必要があるからだ。