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2018.05.30コラム
ストレングス&コンディショニングにおける現場と科学

ストレングス&コンディショニングにおける現場と科学

◆バーベルスクワットをしない強豪フットボールチーム

 ジョー・パターノ監督率いるペンステイト(ペンシルバニア州立大学)のアメリカンフットボールチームは、1995年ローズボール優勝をはじめとする輝かしい歴史を誇っています。

 このチームがどのようなトレーニングをしているか非常に興味深いものがありますが、実は彼らの専用ストレングスルームにスクワットラックが一台もないという事実は日本のストレングス&コンディショニングの関係者にもあまり知られていません。もちろん、オリンピックリフトのためのプラットフォームもバーベルもどこにもありません。つまり、フリーウエイトを用いたスクワット系エクササイズは一切採用しておらず、クリーン、ジャーク、スナッチといったクイックリフト系エクササイズも全く行いません。ほとんどのエクササイズがマシーンで行われるのです。さらに、ストレングストレーニングのピリオダイゼーションは構成されず、一年間ほぼ同じプログラムが用いられます。その内容は、8~12RMで上がらなくなるまで行った後、パートナーやコーチのアシストもしくはブレイクダウン(ウエイトスタックの枚数=重量を減らす)によるフォーストレップスを3~5回繰り返し、さらにネガティブレップ(エクセントリック動作)を数回繰り返すという方法を取ります。動作は基本的に2秒で挙げて4秒で降ろすという方法で行われます。これを各種目につき1セットだけ行うサーキット方式を採っているのです。決して3セットや5セットする事はありません。選手が12回以上挙げられるようになると重量を増やします。

 

◆「フリーウエイトは危険、マシーンの1セットで最大の効果」?

 ストレングス&コンディショニングの先進国と見られるアメリカの代表的スポーツ、カレッジフットボールの強豪チームのひとつが日本の常識では当然行っているはずのフリーウエイトによるスクワットやクイックリフトを全く採用しないのは、それが危険であり効果が少ないからというのが最大の理由です。マシーンによってのみ安全に個々の筋に対してすべての関節角度で最大負荷をかける事ができる、それによってパフォーマンス向上がもたらされるというのが彼らの基本的な考えのようです。そしてシングルセットと複数セットの効果は同じだから、オーバートレーニングを防ぎ、時間を節約するためには何セットもする必要はないというのが1セットしかしない理由です。

 ちなみにペンステイトのフットボールチーム専属ヘッドストレングス&コンディショニングコーチは全米大学競技スポーツ協会(NCAA)1997年度最優秀ストレングス&コンディショニングコーチに選ばれています。

 筆者は同じペンステイトの男子サッカーチームのストレングス&コンディショニングアドバイザーとして、ストレングスルームでのウエイトトレーニングとフィールドでのコンディショニングトレーニングを担当する事になりましたが、競技スポーツ選手専用のストレングスルーム(専用施設をもつバスケットボールとフットボール以外の選手が利用する)でのプッシュジャーク、プッシュプレス、軽い(10ポンド程度) ダンベルを用いたスプリットスクワットジャンプでさえ、危険であるという理由で制限をうけ、その部屋を管理するストレングスコーチの意見には従わざるをえませんでした。

 

◆「考え方」より「科学的根拠」を

   以前にも紹介したように、競技スポーツのパフォーマンス向上にとってフリーウエイトとマシーンのどちらが効果的かという問題については数々の研究があり、決してフリーウエイトが危険でマシーンの方が効果があるという結論は出ていません。また、NSCAの公式見解文書でも、バーベルスクワットや爆発的動作を用いたトレーニングについて多くの文献を引用してその安全な実施のための基準やパフォーマンス向上効果について述べています。さらにストレングス&コンディショニングの研究誌、Journal of Strength and Conditioning Researchの1997年11巻第3号でもアメリカの大学生フットボール選手を被験者とした一連の長期的実験研究の結果、シングルセットよりも複数セットを用いたトレーニングのほうが体組成、筋力、パワー、筋持久力のいずれにおいても優れている事が明らかにされています。そして、近年多くの研究によって、爆発的筋力発揮の能力を高めるためには高重量を素早く挙上することや反動動作を用いたエクササイズが不可欠であることがわかってきました。

   このように、そのチームや選手が採用しているトレーニングが現在の科学の水準からして適切かどうかは、複合的な要因の結果としてのスポーツの成績からすぐに答えられないことは明らかです。一見魅力的な「考え方」や権威や流行に流されることなく、常に科学的根拠のある方法を追求していく事、そのための「使える」データーや事実を公表していく努力が現場と科学を結び付けるうえで不可欠であることを肝に銘じたいものです。