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2018.05.30コラム
ニーズ分析(2)

ニーズ分析(2)

ニーズ分析(2)

◆スポーツ活動の生理学的特性の分析
 スポーツ選手のためのストレングス&コンディショニングのプログラム・デザインを行うためには、その種目でどのような身体的特性が必要とされているのかというニーズ分析をまず最初に行わなければならない。前回は、主に使用する筋群とその筋活動の特性を明確にするためのバイオメカニクス的分析について解説した。今回は主としてスポーツ活動のエネルギー的側面にかかわる生理学的特性の分析について述べよう。

◆主たるエネルギー供給系はなにか? 

身体運動を生じさせるためのエネルギー供給システムは筋活動の強度と運動の持続時間によって決定される。 

 100%全力を発揮してほぼ6秒以下で行われる運動のエネルギー供給はそのほとんど全てが無酸素性のATP-PC系によってまかなわれる。跳躍や投擲あるいはバッティングのように単発の爆発的運動はもちろんこの範疇に入るが、サッカーでゆっくりしたランニングから急激に相手ゴール前にダッシュするとか、長距離走のラストスパートなどでもATP-PC系のエネルギー供給システムは重要となる。したがって基本的に持久的色彩の濃い競技であってもATP-PC系のエネルギーシステムは決して無視する事はできない。 

 30秒間程度持続させうる限りでの最大努力であればATP-PC系にプラスして解糖系(乳酸系とも言う)もエネルギーの産出に関与する。最初から100%全力発揮した場合、前半はATP-PC系そして後半は解糖系のエネルギー代謝に多くを依存するようになる。

 さらに運動時間が長くなり30秒から2分程度続けてがんばるような運動ではエネルギーを生み出す機構において解糖系が中心的役割を担っている。すでに有酸素系もエネルギー供給に貢献しているが主要なものではない。 

 これよりも少し運動強度が低くなり持続時間が3分間位の運動では解糖系と同じくらい有酸素系も重要な働きをする。さらに長時間の運動になると、もっぱら有酸素系によって筋活動のエネルギーがまかなわれる事になる。 

 どのエネルギー供給システムの働きが選手のスポーツ活動の制限因子となっているのか、どの部分を改善する事がパフォーマンスの向上につながるか、という事を正確に判断する事によって、トレーニングの目的を絞る事ができる。そこからレジスタンス・トレーニングやスプリント・トレーニングなどで用いるべきエクササイズの強度・持続時間・反復回数・休息時間を根拠をもって決定できるようになるのである。

◆ピリオダイゼーションへの位置づけ 

 どのエネルギー・システムを強調するかということは、筋力発揮特性と同様に長期のトレーニング計画にそって段階的・計画的に進めていく必要がある。よく、全てのエネルギー・システムの回復にはもっぱら有酸素系が利用されるという生理学的事実から、ベースとなるエネルギー系として有酸素系トレーニングが全ての種目の基礎として強調される事があるが、逆に長時間ランニングなどの有酸素系のトレーニングがダッシュやジャンプなどの無酸素系のエネルギー発揮や筋肥大にマイナスに作用するという事実も数多くの研究で指摘されている。したがって、その競技における主要なエネルギー供給システムと選手にとっての課題をまず明確にした上で先を見通した長期的な計画(ピリオダイゼーション)を検討する必要があるだろう。

◆運動パターン-時間分析

 運動の持続時間の分析方法としては、ストップ・ウォッチによる時間測定が最も簡単でである。ボールの動きや試合展開に気を取られないようにして(実はこれが難しいが)試合中の選手の動きだけをじっと観察し、運動している時間と、歩いたり立ったりしているだけの時間、つまり身体が休んでいる時間に分けて計時して記録していく。野球やアメリカン・フットボールなどはこの方法でほぼ正確にわかる。いくつかのレンジで度数分布表をつくれば最短時間と最長時間、頻出する時間がわかり、歩いたり立っているだけの休息時間の長さもわかる。この観察は試合だけでなくトレーニングに関してもぜひ行ってもらいたい。普段のグラウンドやコートでの練習がどのような運動と休息の時間的特性を持っているかという情報は、ストレングス&コンディショニングのトレーニング・プログラムをエネルギー供給系の観点から考えるためにも有益である。

 運動強度と休息の組み合わせが複雑な種目では、運動の種類をあらかじめいくつかのパターンに分類しておく必要がある。例えばサッカーやラグビーなどの間欠的持久力が必要であるといわれている種目では、全力ダッシュ、中等度の速度でのランニング、低速のジョッグ、歩行というようにスピードで分類して、その回数と持続時間およびそれらの前後関係を分析する事でその競技のエネルギー・システムに対する要求がわかる。また、バドミントン、バレーボールなどの短時間での姿勢の変化の激しい種目ではジャンプ、前方ダッシュ、ストップ、バックステップ、さまざまな方向へのランジ姿勢というように運動の種類で分類しその運動の回数や持続時間を検討することが有効である。

◆ロデオ、ナスカー、モーグルの例

 少し変わった例をあげよう。ロデオのカーフ・ローピングという、カーボーイが逃げる子牛に馬の上から投げ縄でロープをかけ馬から飛び下りて子牛にかけ寄り、3本の脚をロープで縛るスキルと時間を競う競技では、子牛が放たれ選手がゲージを飛び出してから終了までが8-10秒である。この競技の選手達は明らかにATP-PC系のエネルギー・システムを動員した20ヤード(18m)・ダッシュや馬から素早く飛び下りて素早くダッシュするためのボックス・ジャンプやジャンプ直後の10ヤード・ダッシュを3分レストで5-6セットというのが主要なプログラムとなっている。

 ナスカー・レースという全米で人気の自動車レースのクルーに対する要求は過酷である。50kgのジャッキを1人で運搬して1.5トンの車体をジャッキ1本で持ち上げ、1本30kgのタイヤを2人で運搬し、1分間2万回転の振動をする重さ5kgのエアレンチでボルト5本を緩めてタイヤを4本交換し再びボルトを締め上げ、1個36kg(44リットル)のガソリン缶を2人で2個運搬し、1個に尽き6.5秒でガソリン・タンクを満タンにする。この全作業を7人で19秒以内に完了する。これを1レースで6-8回、年間34回こなす。このようなクルーのプログラム・デザインをどう考えるべきだろうか? トップレベルのモーグル競技は男子では25秒から28秒、女子では30秒から33秒が勝負となる。ターンの回数はいずれも50から55回で、男子では第1エアーがスタートから15回ほどターンした8秒後、第2エアーが38回ほどターンした20秒後に行われる。スピードと共に滑りのテクニックとジャンプの高さやスキルの難度が採点される。最後の最後に疲れてバランスを崩し転倒すればそれまでの努力は水の泡となる。ATP-PC系のハイパワー発揮能力を高めることと、30秒前後という解糖系の能力の両方が必要となる。

◆心拍数の測定 

 運動強度を正確に分析するためのひとつの方法としては、運動中の酸素摂取量を無線で飛ばすか、身体に装着した記憶装置に一旦記録しておいて後から再生するという方法があるが、現在のところ極めて高価なため、運動中の心拍数から判断する方法を推奨したい。筆者は選手の胸に心拍数測定装置のついたベルトを装着してもらい、腕時計型の受信装置に無線で飛ばしてリアルタイムに心拍数の変化を記録できる装置を使っている。間欠性の運動であれば、休息のタイミングで選手に心拍数を聞けばすぐにその強度が把握できる。

 サッカーの試合中でもこれによって容易に運動強度を確認する事ができる。練習ゲームで数分おきあるいは特徴のある動きのあるたびにタッチライン沿いから選手に声をかけてその時の心拍数を聞いて記録するという方法である。メモリーされたデータを再生しビデオと関係づけて分析するという方法もあるが実際はかなり面倒なのでリアルタイムで確認する方法で十分である。スキーやトライアルバイクなど運動中に選手が受信装置を見る事ができない種目ではメモリーを再生して後から検討するしかない。

◆身体組成体脂肪 

 身体組成に関するニーズ分析とはその競技で成功している選手が一般にどの程度の体重、体脂肪率、除脂肪体重かということの調査である。体操競技やレスリングでは男性で7%以下、女性で15%以下が普通であり、男子バスケットボールやサッカーでは男性で8-10%、女性で16-18%である。野球やスキーでは男性で11-13%、女性で19-20%、アメリカンフットボールのバックスでは14-17%、女子バスケットボールでは21-25%程度、そしてアメリカンフットボールのラインメンや砲丸投げの選手では男子で18-22%、女子で25-30%である。身長は伸ばす事はできないが、ラグビーやアメリカンフットボールのように運動能力を低下させずに体重を増やす事が有利となる競技では、体重も目標を設定するためのニーズ分析の重要な対象である。日本の大学および社会人のトップレベルを対象とした筆者らの研究ではアメリカンフットボールのデフェンシブ・ラインメンの体重ランキングで上位20%以内に入るためには100kgを超えている必要があることが明らかとなっている。

◆エネルギー系の競技特性とプログラムの強調点

 このように、ストレングス&コンディショニングのプログラム・デザインを考える際にエネルギー系に関する特性分析は、トレーニング目標やエクササイズ強度や持続時間や休息時間の設定にとって重要なヒントを与えてくれる。そうして得た情報から何を強調するかはコーチと選手の決断次第である。

 例えば、レスリングの試合時間ぎりぎりまで最大の筋力を発揮し続けることを目標とする場合、身体の各部位を全体的に反復して刺激を加え、休息時間を短くして最初は大きな力を発揮し、筋疲労や乳酸の蓄積で動けなくなってきてもさらにその状態で出しうる筋力を発揮し続け、コンセントリックが無理でもエクセントリックあるいはアイソメトリックで何とか相手の力に抵抗するというトレーニング・プログラムを実施している大学がある。しかし、もし試合開始から素早く相手の足元に飛び込んでタックルを決めるためのアジリティーやクイックネスを鍛えるには、疲労していない状態でAPT-PC系のエネルギーを使った爆発的な筋力発揮を十分な休息を取って反復するというプログラムが必要となる。

 野球の投手について試合のシミュレーションを行った幾つかの研究で、最大酸素摂取量そのものは投球速度の低下率にも投球パフォーマンスにも影響しない事が明らかとされている。しかし全身の有酸素系エネルギー代謝が解糖系の代謝産物の速やかな除去や疲労回復に貢献することもまた事実である。野球に長距離ランニングは必要か不必要かではなく、どの程度の強度と持続時間でどの機能の改善を目的としてどのように行うべきかを問う事こそがコーチに求められていると言えよう。